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敗戦追悼の日におもうこと

 
私の祖母は戦争未亡人であったため、今でいうところのシングルマザーとして、二人の子(つまり、父と叔母)の他に戦災孤児一人を引き取り、三人を育て上げた人です。

それだけの人でしたから、本当にしっかりとした厳しくも情けのある、私たち姉妹にとっては優しいお婆ちゃんであり、地域でも有名な人に尽くし続けた人でありました。

 私の家はかつて夫婦共働きの家でしたから、私も妹もお婆ちゃんにとても面倒を見てもらいました。私に筆を持たせ、大切な良い紙を惜しげもなく与えてくれたのも祖母でありました。

戦争体験の話を聴くことが年々少なくなっていきます。祖母やお世話になった方々から聴いた戦争体験の話は聴いたことなので説得力に欠けるかもしれませんが、次に伝えていかなければあかんやろうなあ、とおもう8月15日です。

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『心如工畫師』(華厳経唯心偈)
たくみなる、というところが大事なのでありましょう。心は戦争、侵略、も描ければ、平和も慈愛も描くことができます。 言葉で言うのは簡単ですがそう簡単にいかないのが世の中で、
刻々と移り変わるところに心と体が振り回されると、何がなんだか分からなくなってしまうのも世の常かとおもいます。

 そこに動かないものがあるとつかまって安心できるわけですが、つかんでいたはずのものが確かなものでなかったときに、また不安の底に突き落とされてしまいます。
 この言葉は真理であり、変わることも動くことがありませんから、自分を取り戻すことができます。それを安心(あんじん)
と言うのではないかと思います。
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『X=♾(無限大)』
今年遷化された足立老師が提唱で常々おっしゃっていらした言葉ですが、このXに何を入れるか?老師は命であるとおっしゃいました。
私は命ある限りはこのXにあらゆるものを入れてみたくなります。例えば、「心」も。
けれど、お金は入れられませんね。有機のものは・・・真心ある有機のものは、ものが朽ちても残るのでしょうね、無限大に、きっと・・・


そんなことをおもいながら、迎え火から送り火へと盆が過ぎていきます。



by sumiasobihito | 2020-08-15 14:50

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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