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刹那生滅 (藍と出会って危うい選択)

墨色を考えていた時
墓じまいのため訪れた街で
藍に出会って、危うい方を選んでしまう私のアンテナ。

色を失うという退色は、老いを重ねること。至極当たり前で、老いていけば病も死も待っている。有機のものは皆そうである。私はまだ元気に生かされている。

次の制作が頭に充満していたある日、
藍が そこにあった。
いろいろなことが頭の中で化学反応を起こしていた。
こんな言葉が印象に残った。
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「藍は色落ちしますか?」と聞かれる方が多いのだそうで、
それは「生き物は、なんとかすれば死にませんか?」といっているのと同じように 感じ「なんて 答えるんですか?」とうかがうと、

「時間とともに退色していくことを楽しんでください」とおっしゃるのだそうで、
的を得ているなあ、と感じたのと同時に人もまた、重ねていく、老いを楽しむのが面白いのだろうと、安易に思った。

自然の染物は、化学染料よりも退色するけれど、本来人も物も歳を重ねる変化こそが面白い。人に重ねてみれば、面白いとばかりは言って居れないけれど。

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まあ、何につけ、一所懸命、常に心の片隅に想いを置いていると、
つまりアンテナを張っていると、
突然答えが現れてくるように、
思いついてしまう、
ある結果を導いてくれる、気がする、それは大概
危うい方。
私はいつでも、いくつかの選択肢があると、あまり考えずに危うい方に行ってしまう。
それは時に、自然に逆らっているように感じることもあるけれど、
仕方がないのだ。
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藍になる葉が育っていた。

何も考えず(いや、もしかしたら いろいろ考えて、感じているかもしれない)人の手によって発酵している生きている藍があった。
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「刹那生滅」
私達は長い年月を継続して生きているのではなく、
刹那というほんの短い時間ごとに生きては死に、死んでは生きるということを繰り返していて
その連続を生として感じている・・・
そんなことを考えながら、
若い元気な藍、もう力が弱い藍
それぞれにそれぞれの色を染める
藍も墨も わたしも。

人は喜びも哀しみも言葉にし、文字にできるが故にそれはより嬉しくも、哀しくも顕著であるけれど
藍は、言葉や文字という術なくひたむきに
生きている。

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そして、藍を見ていて
私は一ヶ月先に描く墨作りをはじめようとおもいついたのだ。
つまり磨ってすぐに書く墨ではなく、しばらく時間を経た宿墨を育てたいと思った。藍のように生きている墨の、刻々とした変化の過程で、今までに出せなかった墨色をおもい
藍龜を眺めていた。


固形の墨も枯れていくという時間の中で生きていて、環境が悪ければ使い物にならなくなってしまうかもしれない。
固形の墨は膠と煤でできていて、そこに水が加わり墨としての命は固形の時よりも何百倍に加速される。
その液体の墨の、原子分子の時間とともに変化する化学変化をワンストロークで紙に描く瞬間を想像するだけでワクワクする、危うい先。

今回は老いていく、宿墨という墨の力を弱めた上で、
表現できはしないかと思っている。
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あの、もう染色力を失いそうな藍が、力が弱まっているが故に柔らかで均一な色を染めるように。

紙は決めた。
よってそれに合わせて墨の濃淡だけでなく、墨自身の持つ力を時間差を作ることによって変えながら描きたい。
それは、今まで以上に構図と内容はいうまでもなく。何より大切な制作の瞬間に、経験値の高い安全な条件で臨むべきなのは十分承知している、
なのに、私は危うい、危うい方に舵を切っている。


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by sumiasobihito | 2019-06-26 19:01 | Trackback | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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