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Sumi ink symposium Nara 2019


墨シンポジューム 奈良 2019
海外の方をお迎えしての墨シンポジュームが昨年に続き今年も開かれました。
昨年はクリステーヌさんとオーガナイズし、綿密なカリキュラムを組み七日間ミッチリ墨に関わる書は、もちろん、奈良筆、墨、水墨画、篆刻、篆書。表具(宇陀の表具師)。
さらに、書の日本の歴史、東大寺での写経。また、禅の書、前衛の書。文人の書、をその分野で研鑽を積まれている方を招致し伝える試みのお手伝いをしました。
笙と尺八の演奏もまた、昨年に引き続き井原季子さん、松本太郎さんが和蝋燭の灯りの中響かせてくださいました。


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今年も墨運堂さんのご協力を頂き西の京「がんこ一徹長屋」にて錬成、博文堂さんの筆作り、墨運堂さんのにぎり墨、墨作り工程体験。旅館松前にてレクチャーが行われました。昨年同様 うつぎ、無一物、にて文人書画、東大寺にて写経を行いました。

日本の文化に対してある意味日本人以上に熱心でいらっしゃり、筆、墨、硯、紙、と、道具もたくさんお求めになられました。そこで書の技術をお伝えする前に道具の扱い方についてお話し実践いたしました。
大切なことは、
良い道具をただ単に持つことではなく、自分で見極め使いこなすこと。(勿論、自分で選んだ道具に自信を持つために、失敗もあります。けれど良い道具は職人さんの魂です。大切に使いたいです)
良い道具は使いこなし自分のものになるまで時間がかかるということ。
時間がかかるのですから、大切に扱わねばなりません。
うまくいかないのは道具のせいではないですから。
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筆は、水道の蛇口から直接洗わず、桶にためて、筆の根元から丁寧に優しく洗って、真っ直ぐに水気を切ること。
墨は磨ったら、直ぐに水気を拭うこと。

などなど、当たり前のようですが、今回は実際に使い終わった後のことなど、基本的な大事なことを一緒に行い、加えてお話ししました。
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湊さんのギャラリーにてレクチャー!興味深いものでまた素晴らしい展示空間を楽しみました。
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中谷美風さんの教室で学ぶ前には、うつぎさんで丁寧な薬膳をいただきました。
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西の京での授業の後、
夜は
書の音楽との表現を、ご覧いただきました。
またプロジェクターを使って現代書の解説もしていただきました。

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東大寺での写経ののちに、紙職人の田村さん(30年以上長老に紙を梳いて届けていらっしゃいます)の御縁を持って、二月堂にて筒井長老にご提唱賜り、揮毫もしていただきました。本当に有難い経験をされたことと思います。

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さて、日本の文化は、今致命的な先細りにあるばかりでなく、存続さへ難しいときにあります。職人が食べていけない現実があります。作家は職人に支えられています。

日本人が、その職人技の素晴らしさを忘れ、すぐに結果を得られるような、表面ばかりに目を奪われている、その気づかぬ間に いつか何も残らなくなってしまうのではないか?という危機感を感じます。

かつての中国の素晴らしい技術と文化が、革命によって失われてしまった悲劇をおもいおこさずにはいられません。

私は中国の文革前の墨も紙も筆も、硯も。
ほかにも勿論たくさん素晴らしいものがあることを、有難い事に日中友好団体でしかいけない頃に今井先生一門と大陸に行く機会を得て知ることができた時代を生きてきましたので、理解もし、使っていますが、今あるものを使い果たせば、もう、ない、わけです。
現代にあっては、メイドインチャイナは粗悪な模造品的なイメージを持つ方の方が多いようにも感じられますが、それは決してそうではなく、素晴らしいものがたくさんあったわけです。それは朝鮮のものにおいてもです。
若い頃、お金を貯めては中国の古いものを買い集めました。その文房四宝を大切に育て使ってきましたので今、制作に事欠くことはないのですが、これからはどうでしょうか?難しくなっています。

今の日本の伝統文化、職人が生み出したものはどのように受け継がれ、存続するのでしょうか?

ある意味日本人以上に熱心な、海外の方達が、今残る貴重な日本のものを買い求め、いつか日本にはなくなってしまうのではないかとさへ思い及びます。
それでも、残すためには その方たちに委ねなければならないのでしょうか?(価値を理解して表現する、使う方に)日本人ということに特別にこだわりを抱いている場合ではないのかもしれません。
今回いらした皆さんは、とても謙虚に日本文化に興味を持ち、高いお金を払って着実に自分のものにされます。
このシンポジュームにおいても、いわゆる爆買いではなく、自身に必要な目利きを求められ、それに素直に買われて持ち帰られます。ですから後々後悔されないよう
本当に良いものを知っていただき、喜んでいただくことで繋がっていくと信じる、本物しか残らない、残して繋いでいただく、お手伝いの日々は自分自身にとってへの問いかけ、学びの日々でありました。


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by sumiasobihito | 2019-06-01 19:49 | Trackback | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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