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わたしの心象の風景 萬葉集から


心象の風景
とは、
現実ではなくの中に思い描いたり、浮かんだり、刻み込まれている景色のことで、現実にはありえない風景であることでもあります。まるで夢の記憶のような、そんな 、実は言葉にするのは難しいことを記しおきます。

いつの頃からでしょうか?
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天の海に雲の波立月の船 星の林に 漕ぎ隠くるみゆ。(萬葉集)
On the sea of heaven the waves of clouds rise,and I can see the moon ship disappearing as it is rowed into the forest of star.
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わたしはいつからか、書を「描く」、と記すようになりました。
たとえば、萬葉集から感じるところの歴史を背景とした景色もまた、文字で描く時もあれば、抽象的な墨色のみのこともあります。



書の表現は、自分にとってなによりも救いであることに気づいてからは文字のみにとらわれず心に浮かぶ景色(心象の風景)を墨と筆で描くようになります。そこには自身で感じる不器用さや実力のなさは当然ありますが唯々墨をすることと描くことに夢中になっているのでした。


両親がつけてくれたわたしの名は「尚美」です。「尚」という文字は、神の気配を感じ祈るという意味を持っています。 目に見えないものを尊ぶ(畏れ敬う)美を尚ぶ(美にひれ伏す)という名が今至極当たり前と感じ感謝しています。名とは不思議です。
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東の野に炎の立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ 萬葉集 柿本人麻呂
On the eastern fields I can see the flames of morning rise.
Turning around, I see the moon sink in the west.

私は 書を通して表現するということは、作品を通し実際に出逢えない人も、また目の前にいる人とも言葉だけでなく表現された自分自身を語るという一つのすべの中に救いを見出していました。


風景は物語であります
人が生きるとは、物語のようやとおもうのです。その物語を読みつつ、描きつつ救われていると感じるのです。萬葉集は歌だけでなくその背景の物語を読み解きながら描きたくなります。自分自身の物語は未だ、語るにたらない自身でもわからないものですが、万葉集に観る物語を想像することは興味深いものです。「そらみつ」という言霊「幸はふ国」という、フィジカルではない、物質的ではない、命を感じつつ奈良に暮らす幸せを感じ描き暮らしおります。

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神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 倭の国は 皇神の いつくしき国 言霊の 幸はふ国と語り継ぎ 言ひ継がひけり
It has been recounted down through time since the age of the gods:
that this land of Yamato is a land of imperial deities stern majesty,a land blessd by the spirit of words
憶良 好去好来の歌 萬葉集



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by sumiasobihito | 2019-02-05 19:11 | Trackback | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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