Live あわい森 表現制作について

「点と線のうた」から「あわい森」へ
collaboration(共演)という表現に戸惑い、Liveという表現を、まるで食わず嫌いのように退けていた3年前をおもいだすと、それは何に戸惑っていたのかとおもえるくらい、私は今、共に描く世界の、しかも即興的な刹那の時を楽しめるようになったのには
3年前の海龍王寺さんでの、井原季子さんとの出逢いに始まります。

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私は、不器用で、(それは伝える言葉をまず考えてしまうからで、筆を持つまでの時間がかかることにあります。)一年に4回も出品しなければならないような公募展の作品作りは出来ず、時間の制限なく納得のいく制作を望んで、今に至っていたからでした。
またご一緒するお相手とどう関わって良いのか?理解できなかったからゆえに、共演、ライブという制作を拒んでいました。

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3年前初めてのLive、共演に望み
観客があってみていただく同時に、その場限りの描いている姿ではなく伝えるメッセージを有する「書」をきちんと残したいとおもっていました。
屏風状態の立てかけた真っ白な紙に、墨が流れ落ちるのは余白を大切にしたいと考える私としては、極力避けたい問題でした。余白を阻む墨の流れなく描きたいという気持ちはその後も、これからも大切にしたいことです。その上で即興的に得られる想像を超えた何かを共演者とともに化学反応のように得られれば!素敵なことです。季子さんとは会話はほとんどないまま現場に立ちましたが、彼女の投げかけるなにかをひしひしと感じることができました。(返すことのできない未熟な経験を少し悔やみました)

しかし、経験は確実に糧になります。
近年多く見かけるようになったライブ揮毫、高校生のパフォーマンスなどもありますが、実際見るとやるとは大違いなわけです。自分自身に技術と知識といった経験が裏打ちされていなければ、書き終わったあと無残な気持ちになります。

今回のライブは私にとっては 振り返ると9度目になります。
・海龍王寺「海渡る龍」、
・春日大社奉納、映像詩「かすがの煌めき」(観るひとの為ではなく夜明け方の、目に見えない何かと対峙するLive 「煌」「春日古社記」)、
・氷室神社「希望の桜」、
・天中組シンポジウム読売ホール「忠」、
・点と線のうた「實」、
・水弾奏vol1「種」と、
・MAAI「兆し 芽」
・水弾奏Vol2「天と地のはざま」そして、
・あわい森「あわい森 過去から今」

回を重ねて私は自分でも信じられないほど、音と書が別の次元ではなく体を通して感じて一つになる歓びすら感じるようになりました。制限された時間の中でどう表現するかの難しさは深まりましたが、興味深いことです。
佳き音霊と奏でる人に恵まれたことが大きく左右していることは言うまでもありません。そこには一つ一つ物語があります。

その経験は私の中で継続していますから、今回も物語として過去から今を描きたいと考えていました

前回の「点と線のうた」初顔合わせ
手探りからどこまで踏み込んでいいのか?委ねられるのか?

今回「あわい森」
密かに共有する方達に驚きのようなものを仕込み楽しみたいとおもっていました。
それを具現化するにあたり、成田千絵さんのメッセージは、私の想像力にアイデアを与えてくれました。
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千絵さんのメモ(右の言葉が曲とともに、描く世界を明らかにします。)

全体の構成が出来上がったのは、Steve Eto さんと千絵さんとリハーサルをする中ででした。開演1時間前。淡々と確認していく二人をよそに私は、この一枚の、単に曲の流れを記したかのような紙の伝えたいものを まだ探っていました。
線の整理は難しいかもしれないけれど、みていただく方には面白いのではないかと思いました。
音の世界を深く彩るSteve さんのパーカッションがワクワクと描きたい気持ちを駆り立てます。
昨年の「實」は3枚パネルをバラバラに描き最後に一つの形にしました。
今回は、今一度3枚離した状態で完成させたいと思いました。
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實(実)
大きな宗廟にある、方形の箱一面に施された彫刻、
それは、幾千万も刻まれた記憶という跡
子安貝の象形は価値あるものが内部にみちる、という意味

昨年三人で描いた「實」を過去から今のあわい森に反映する試み、
点と線のうたをさらに繋ぐ
あわい森に。
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大きく画面を広げたのは
いらした方に森を感じていただくため。
故に立てて描きました。(海龍王寺以来)
今回あの時共演した井原季子さんもお越しくださったのも、ご縁でしょうか?。
心地よく、描き切り楽しむことのできた夜でした。
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壊しても壊しても壊れないところを見極めたいのです。
これからも壊したいのは、自己概念、自分自身なのかもしれません。
素直に人と交わりながら、
遠く高い視点から広く観察できる冷静な気持ちと、(作品の全体像)
深く、どこまでも深く感じとり(書の所以なる伝えるべきもを聴く)
そして、描く。
そんな理想に望んでいきたいと思っています。


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次の物語は、なんやろ?


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by sumiasobihito | 2018-10-16 21:55 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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