人は書なりを観つめて

「書は人なり」という言葉は、よく耳にします。
若い頃は言葉の表面だけで、あまり深く考えずにおりました。
近年岩手に旅するようになりまして、
物心つく頃から母と訪れていた母の故郷花巻で、初めて高村光太郎記念館と高村山荘に出逢いましたのが3年前。
以来毎年花巻に行けばこの場所は必ず訪れることにしています。
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自己表現のために書を選びながら、書の作品にあまり感動することなく(いくつか圧倒されるよな気持ちになったことはありましたが)、
書かれた言葉には強く興味を持つものの、書自体には技術的なものばかりにとらわれ、素直な感動というものがなかったように感じます。
私が求める書、というのはなんなのか?

どこを目指しているのか?に迷っていた頃ではなかったかと思います。
言葉をただ墨で書く、というのが書の基本的な定義であり、それだけで充分ではないかと、そのように制作する中、出逢ったのが高村光太郎の書でした。
本や写真などで拝見したことはもちろん幾度もありましたが、記念館の肉筆を観た時の感覚は今も変わらずに心を震わせます。
初めてかもしれません、書を観て涙が溢れたのは。

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奈良に帰りましてからも、何故あの時涙が出たのか冷静に考えても見ました。
きっと光太郎の歩んだ生涯、所謂彼の物語が背景となって私は彼の書に涙したのであろう、とか。
また、いや光太郎と知らずとも(知って観たわけですが)、ずっといつまで観ていても見飽きない書。それは線によるのか、余白によるのか、彫刻家独特の空間感覚と線によるものなのか、とか。

そんなことを振り返り振り返り此処何年も逢いたく思う、高村光太郎の書です。

今年も岩手の旅が始まる前日にご縁ある方の個展に参りました。
第6回「鋳る」戸津圭之介展-祈りの風景-
高岩寺にて「今昔物語」イメージのブロンズ、テラコッタの作品などなど。

戸津先生にはかつて書を書いていただいたことがありました。
「啐啄」この言葉を旗印に東北に行くのだと言っていらしたのでした。
さて、その先生と色と興味深くお話しする中で、私はそれはもう、自分に言い聞かすように
「・・・書は人なり、や。とおもいます。」
と申しますと先生はいつもの変わらない笑顔で、間を置くことなく
「人は書なり」と返されたのでした。
おもわず頷いてしまったものの、旅の間も、今もその言葉が繰り返し繰り返し波のようにやってくるのです。


光太郎の言葉に
『書について』より
「書を究めるということは造形意識を養うことであり、この世の造形美に眼を開くことである。書が分かれば、絵画も彫刻も建築も分かるはずであり、文章の構成、生活の機構にもおのずから通じて来なければならない。
書だけわかって他のものはわからないというのは分かり方が浅いに他なるまい。
書がその人となりを語るということも、その人の人としての分かり方が書に反映するからであろう。」と。
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戸津先生がおっしゃられた
「人は書なり」は、
まるで禅の「自己とは何か」にも似た深い一転語として、深く心に突き刺さって今も抜けない言葉です。


第6回「鋳る」戸津圭之介展-祈りの風景-より
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「今昔物語」
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旅で訪れた中尊寺にて、戸津先生制作「芭蕉像」
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「啐啄」
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仔カバ
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by sumiasobihito | 2018-06-17 16:29 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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