SERENDIPITY


外に出かける時には、自然とカメラを持ち歩くようになりました。
行き詰まった時、日常の景色の中に見落としているものを観つけたりして 元気になっていきます。
奈良の自然の景色の中で、ふと気になるものを切り取ってくるのですが、ここには、今 いるなあ(精霊か神様か?)と感じる瞬間。のぞいている景色をちょっとずらすと、
ここには いないなあ、みたいな。言葉では説明できない感覚、
この不思議な瞬間は 長い時もあれば、一瞬で消えることもありますが、それはたいてい こちらからではなく、向こうからやって来ます。
いつも見慣れている仕事場の中でもさっきまで見えなかったのに、今は語りかけてくるのは、そこに精霊が宿ったかのように感じる不思議な感覚です。
かつてわたしはある写真家から聴いた言葉serendipity
を想い出します。

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空を夢見て(空蝉) 仕事場にて ……何気に棚にある蝉の羽
時折語りかけてくる瞬間があって 目にとまります。

書もまた
ここにはあるけれど、ここには居ないという空間を
わたしは
線で描きたいとおもっています。
そう、描かれたところではないところに
その精霊とでも神様とでも言える何者かがいる気がするからです。

ですので、わたしは、いくつかの作品を最終的に選ぶ時には、白が(描かれて居ない部分)が美しいものを選びます。
そして、何度見てもいつまでも見飽きない、心がざわつかないものを選ぶようにしています。
自然が一番のお手本。

出来上がった作品を出来るだけ忘れるくらい時間が経ってから観て、選ぶのが理想です。出来上がったばかりは自分の想いが強過ぎますから。

自己表現をしているのに、おかしな話ではありますが、今の自分を殺して捨て去った違う自分、そんな作品なら、行き先で化けて共感していただけるのではないかとおもうのです。



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by sumiasobihito | 2018-03-10 01:07 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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