『石上』を描くまでの事

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『石上』
何が恐ろしいかといって、神様ほど恐ろしいものはないと想っておりますが、その神様のお名前を描くなどということほど、恐ろしいことはないのではないかと想い迷った、揮毫成るまでのお話です。

このお話を頂いた日、この日、私は東大寺にいました。東大寺での書展の共演が進められていました。
その帰り道思いがけない再会を二月堂までの石畳で果たしました。不思議なほど時間は出会った頃のそのままの会話ができていたことに安堵と驚きの中、再会した人に「石上」と描くことのお話をした際に、教えていただいたのが、はじめに書いた、そのことの恐ろしさでした。わたくしはこの場所の誕生会の景色とここに描きべき言の葉を膨らませていました。(結果、なりませなんだのは、何故でしたでしょうか?)
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石上神宮は、日本最古の神社の一つで、武門の棟梁たる物部氏の総氏神として古代信仰の中でも特に異彩を放ち信仰されています。
大和盆地、龍王山の西の麓、布留山の北西麓の高台に鎮座し、境内は神さびた自然の姿を今に残しています。北方には布留川が流れています。
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総称して石上大神(いそのかみのおおかみ)と仰がれる御祭神は、第10代崇神天皇7年に現地、石上布留の高庭に祀られました。古典には「石上神宮」「石上振神宮」「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)」等と記され、この他「石上社」「布留社」とも呼ばれていました。

桃尾の滝
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桃尾の滝は、布留川の上流に位置し古今和歌集には後嵯峨天皇や僧正遍照が「布留の滝」と詠んだ滝と言われています。石上神宮の元宮であったとも伝わっています。
『石上』と描くにあたり、お参りをと考えていた折まず桃尾の滝に行くようにと伺い石上神宮に参拝する前に滝に赴きました

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ご依頼頂いた方から、色々な不思議なお話を伺う中で幾枚かの試作を見て頂きました。七支刀が空に観えたというお話、(七支刀は『日本書紀』に神功皇后摂政52年に百済から献上されたとみえる「七枝刀(ななつさやのたち)」にあたると言われています)を聞いたすぐ後に描いたものをお見せすると「強すぎて苦しくなる」と。
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次には古い時代の彫られた文字を想像させるもの

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しかし、ややおとなしい感じやったのか、結局最初に描いたものが選ばれました。

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不思議なご縁、ばかりが記憶に残る出逢いでございます。
石上神宮の奉納の日、奉賛会の方々と楽しく過ごさせていただきました。
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談山神社でのご縁の國學院大學千々和到先生が、神社新報の記事に取り上げてくださいました。
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by sumiasobihito | 2016-09-04 10:00 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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