共演(コラボレーション) 海龍王寺にて

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海龍王寺さんで、鳳笙、井原季子さんとご一緒することになった時のこと

私にとって、どなたかとご一緒にしかもライブで書を描くと言うことは全く初めてのことでした。そもそも人前で時間内に作品を仕上げると言うことは私のような不器用な者には縁のないものと思っておりましたし、ましてやどなたかとコラボレーションするということはさらにハードルが高く、想像すらできないことでしたので、企画されたオリエンタルフェスティバルさんには御返事に二の足を踏んでいたのでした。

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その頃、私は石上神宮の奉納揮毫の書のことで精一杯でした。
石上神宮様にはまず、桃の尾の滝にお参りするようにお勧めいただいておりましたので、滝に参りましたところ、不思議と龍を意識する日々が続いておりました。
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さて、コラボ、ということに自信が持てなかった理由には、その意味と意義が自分自身の中で納得いっていなかったことにあります。
例えば、一つは、全く面識のない方とただ単にその方が演奏する中で描くだけで、コラボと言うのだろうか?ということが一つ。
もう一つは、ご覧になる方がいらっしゃる中、見せる書とは何かについて、あまり考えて来なかった、という2点に戸惑いを感じておりました。

そんな折も折、ご一緒する予定の井原季子さんが田島さんと一緒にワザワザうちにお越しくださりまず演奏を聴いてくださいと言ってくださったのでした。

夏の晴れた昼下がりでした。鏡板の前で井原さんは静かに演奏を始められました。
不思議に感じたのは、演奏のその最中に私は水の音が聴こえて、雨でも降ってきたのかと何度が窓を振り返りますが、強い日差しが指すばかり、扇風機の音は聞こえますが、雨の音などはしないわけです。
私は霊感とかそういった類のことには全く縁がなかったのですが、確かに水の音を聴いたのでした。そのことを田島さんに
「演奏中にね、水の音が聴こえて 不思議やったわあ……」というと、田島さんは、
「私は滝の中にいるような水音を聴いていましたよ!」とおっしゃいます。
井原さんは、というと
「龍を連れてきてしまったかもしれませんね……」と笑っていらっしゃいました。
龍がついてまわっているなあ、コラボの会場は『海龍王寺』さんです。

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そんな、不思議な経験は初めてでした。
初めてお会いした彼女ではありますが、私は以来「妖精 季子さん」と呼んでいます。
彼女の声と笙の音がスッと体を通っていく感じがしました。
彼女となら、出来るかもしれない、という、なんら根拠はありませんでしたが、確信のようなものを感じたのでした。

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それから、海龍王寺さんで感じるものを得たいのと、石川ご住職にお会いするためにお寺にお参りいたしました。
石川ご住職からお寺のこと、水のことなど色々と教えていただき、やはり描くのは海を渡る龍にしようと思いました。
妖精季子さんからいただいたCD「Light Falling On Existence/P.R.E.M featuring Tokiko Ihara」を聴きながら構図を考えていきました。
そんな中、やはり屏風にして立てて描こうとおもいたち、いつも表具をお願いしている笹川さんにご相談に上がりました。

難しいのは、立てて描いた場合墨が垂れて流れることでした。
出来るだけ墨を吸ってくれる三層の宣紙を用意していただきました。
もちろん、墨は磨るわけですが、和墨と唐墨の割合を何度も試して工夫しました。

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その日は、とてもよく晴れ、龍が降りてくるような雲は見当たりませんでした。
打ち合わせは、そんなに多くのことは相談せずとも出来るような気持ちにさせていただいたのも、ライブの経験豊富な妖精季子さんのおかげやと思っています。
彼女とはそれほど多くの言葉を交わしたわけでもなく、どういった方なのかもよくは知りませんでしたが、なんとなく説明のつかないところで通じることが真実のように感じていました。


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こうして、初めての私のライブコラボは、終わりました。
あれよあれよとなすがままに、逆らわず辿った経験でした。
胃が痛くなるような、当日を迎えるまでの日々を、終えてみれば爽やかに見上げる秋の空でありました。

そしてまたのちに、 映像詩「かすがの煌めき」春日大社奉納上映に際しても妖精季子さんと、ご一緒することになり、さらに、氷室神社での花咲寄進の集いで再び共演することになります。
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by sumiasobihito | 2015-10-03 19:33 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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