時空 (チェロ弾き語りとパーカッションと)

空間の書
文字は読むものですから、人はその文字や文章、詩文を読むとき意味を考えるわけですね、つまり文字は時間の領域に属しています。
けれども、文字は書きあがったものがそのものが意味を伝える記号な訳ですから、どこから書いたかは関係ないように思うのです。

今回ライブで描き上げた書は3枚のパネルを最終的に一つにして見せる、という試みの2回目になります。
時間軸にある文字を空間のものにするための既成概念を壊す試みでもあり、
ライブという観客の前で、一体何ができるのだろうと、想像してもらう楽しみも含んでいます。
最初に試みたのは下北沢でのライブでした。(末森さんの詩とギター、デイネーシュさんのタブラの中でえがきました。あの時は2時間ぶっ通しでした。)

ライブという限られた時間とやり直しがきかないという条件の中でも、
できることなら全身全霊で感じ集中して、自己ベストの作品を作りたい、と思います。
とても難しいことですが、これがいまの自分なのだと思えば、破り捨てたところで未熟であるということは消えないわけですから、いつもライブに限らず、自己ベストを目指したいと思い臨みます。

實(実) 3枚のパネル
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實(実)
一時間半ぶっ通しライブ、にて
チェロ弾き語りの成田千絵さんのメッセージは、
「赤い果実が深い海に沈んでいく感じ………」
チェロとSteve Etoさんのパーカッションの音色から
わたしが描いた、赤い實は、
『大切な満ち満ちた記憶を透明に包み込んだ大いなるもの』
實(実)
大きな宗廟にある、方形の箱一面に施された彫刻、
それは、幾千万も刻まれた記憶という跡
子安貝の象形は価値あるものが内部にみちる、という意味



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この部分に、ライブのほとんどの時間を使った気がしています。
「方形の箱一面に施された彫刻、
それは、幾千万も刻まれた記憶という跡」
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何度観てもいい観飽きない、何度でも観たいと思えるものが、良い作品だと思っています。そのためには、やりすぎてはいけない、むしろどこまで引けるか、が大切なのではないかと思います。

ライブにあっては、ついやり過ぎてしまうことが多い気がしていますが、どこで筆を置くか、そこが限られた時間の中であるからこそ、試されているように思いました。

時間軸を離れて空間に。そんな薄ぼんやりとはしているけれど、今まで収拾のつかなかったわたしの書の姿のシッポをつかみかけてはするりと虚しい想いを繰り返し、少しずつ見えて来た気がしている、
そんな11月12日の「点と線のうた」ライブでした。

Chieさん。不思議な魅力を感じていました。
ご一緒させていただく方のことを知りたいと思うほど、遠くなる気がして諦めましたが、魅力は増して行きました。
そして、Steveさんとの初ライブ。
どんなイメージか?メッセージや構成などを予めお尋ねしていたのですが
「僕はそういうのではないタイプ」との言葉通り、つかみどころがない方で、でもかといってとんでもなく理解できないわけではなくて!面白かったです。
ソロとセッションの明確な自己表現も素敵やなあ、と思いました。
今日はドラム缶ではなく、ダンボール📦!の暖かさと柔らかさ、
後に「ダンボールにも書いてくれてよかったのに!」みたいな話も溢れて、お初でそこまで出来なかった自分が少し残念に思いました。
次回はトークも有りで、やって見たいですね

※實は実の旧字
説文には「富なり」とし「貫を貨物となす」という

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by sumiasobihito | 2017-11-12 18:00 | Comments(0)

生きている墨の美しさ、生かされていることの有難さ。表現者としての記録


by sumiasobihito桃蹊
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